麻理亜(まりあ)は今年で二十五歳になった。今はガールズバーで働いているが、それ以前は大手コンサルティング会社で働いていた。業界関係者なら誰もが知る大手中の大手だ。自分にバラ色の人生が待っているはず。就職が決まったときはそう信じていた。ところが──。

 一身上の都合により、就職して二年も経たずして退職した。そして今はこうしてガールズバーでバニーガールの格好をして働いている。思い描いていた未来とは程遠いが、これが現実だ。

 トイレの壁にそれを見つけた。一枚のポスターだった。移住体験への参加を募集するもので、雄大な自然の中で楽しそうにキャンプをする若者たちや、漁船の上で勇ましく釣り竿を振る男性の姿など、数枚の写真があった。

『そうぜよ、堅魚市(かつおし)に行こう』

 どこかの鉄道会社からパクったようなキャッチフレーズが躍っている。センスゼロだ。麻理亜は鼻で笑ったが、少しだけポスターの内容に惹(ひ)きつけられた。移住体験の希望者には格安で市内の空き家を紹介してくれるらしい。もしやこれって、と麻理亜は内心考える。メチャクチャお得に旅行に行けちゃう制度じゃないの?

 ポスターにあるQRコードをスマートフォンで読み込み、あれこれと調べる。やはりそうだ。現地での飲食代などは自分で払うことになるが、それ以外の宿泊費などは格安だ。ただし応募書類に記入したりと、いろいろと面倒臭い手続きもあるようだ。

 高知県かあ。行ったことないんだよなあ。

 まだ見ぬ土地に思いを馳(は)せる。高知というとカツオのイメージしかない。あとは坂本竜馬(さかもとりょうま)くらいか。大学一年生のときに付き合っていた彼氏が竜馬オタクで、司馬遼太郎(しばりょうたろう)の『竜馬がゆく』を座右の書にしていた。夏休みに高知旅行を計画していたのだが、その前にお別れしてしまった。苦い思い出だ。