「あ、すみません」と麻理亜(まりあ)は目の前を通りかかった男性スタッフに声をかける。店のマネージャーだ。「あの、来週いっぱい、お店休んじゃっても大丈夫ですかね?」
「うん、いいよ。旅行でも行くの?」
「ええ、まあ」
少しだけ落胆する。店のナンバーワンに抜けられたら困る。そう引き留められる可能性も考えていたのだ。やはり所詮(しょせん)はガールバーの一スタッフに過ぎないのだ、今の私は。
ロッカーで私服に着替えてから店を出た。夜道を歩きながら検索する。きっと同じような制度、日本中の自治体でやっているに違いない。案の定、そうだった。北は北海道から南は沖縄まで、移住希望者に対する移住体験ツアーなどが多くの自治体で実施されていた。選び放題だ。
さて、どこに行こうかな。
見知らぬ土地への旅行に思いを馳(は)せ、麻理亜はスマートフォンを眺め続けた。
※
その男は待ち合わせ時刻の午後三時ちょうどに店に入ってきた。高知駅近くにあるカフェだ。奨吾(しょうご)が立ち上がって手を上げると、男がそれに気づいて近づいてきた。
「菊池(きくち)さんですね? 赤羽(あかばね)と申します。急にお呼び立てして申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ」
菊池はジーンズにTシャツというラフな格好だ。店員にドリンクを注文してから、まずは名刺を交換した。
「それで僕にどういう用件なんですか? クロシオンズのことだとメールには書いてありましたけど」
「そうなんですよ」
なかなか説明が難しい。バスケチームを作れ。市長の特命を受けたのが昨日のことだった。奨吾はまずB3リーグの規約を読むことから始めた。そして気づいたのだ。新たにバスケットボールチームを作り、B1に昇格させる。それがいかに難しいかと。