永川(ながかわ)がこうも乗り気になるとは想像していなかった。そして奨吾(しょうご)はデスクの上にそれを発見する。ノートパソコンの近くに小さなフィギュアが二体、無造作に置かれている。赤いユニフォームを着たバスケットボール選手。井上雄彦(いのうえたけひこ)先生の名作『SLAM DUNK』に登場するキャラクターだった。まさか、市長、そういうことだったのか──。
SLAM DUNKは一九九〇年から連載が開始された名作漫画であり、バスケットボール人気に火をつけたスポーツ漫画の金字塔とも言われている。当然、奨吾も学生の頃に読んでいた。きっと永川も奨吾と同じく同漫画の読者だったに違いない。こうしてフィギュアを飾っているのが何よりの証拠。ことによると近年公開されたアニメ映画に触発された可能性も否めないが。
「所管は商工観光課でええ。しばらくは君を中心にして動いてくれ。進捗状況は逐一報告するように」
「はあ……」
市長室をあとにする。何ともいえない、複雑な心境だ。町おこしのためにバスケチームを作る。そんな酔狂な計画が実現できるとは到底思えない。そうでなくても奨吾には公務がある。各打ち合わせに参加し、市民の意見に耳を傾ける。そしてまた会議。その繰り返しだ。
何やら大変な事態に巻き込まれてしまったようだぞ。奨吾は溜(た)め息を一つ吐き、背中を丸めて廊下を歩いた。
※
「マリアちゃん、可愛いね。彼氏いるの?」
「いませんって。なかなか出会いがないんです、実は」
紺野麻理亜(こんのまりあ)は前屈(まえかが)みになり、胸の谷間を強調する姿勢をとる。目の前にいる客の鼻が伸びるのを見て、麻理亜は小さくほくそ笑む。きっとこの客、また私を指名するだろうな。
「マリアちゃん、学生さん?」
「まさか。社会人ですよ、こう見えても」