「人気アニメ『となりのトトロ』は栃木県市貝町の風景から着想を得たものらしい」。10年ほど前、入野正明(いりのまさあき)町長の元にそんなメールが届いた。調べてみると、宮崎駿(みやざきはやお)監督(84)が町内で生活した痕跡があった。豊かな自然は幼い宮崎監督に影響を与えたのか。町内に残る“トトロの風景”を探った。
宮崎監督が戦時中から小学3年生だった1949年春まで、宇都宮市に疎開していたのは有名な話だ。入野町長が受け取ったメールの差出人は疎開時の幼なじみと名乗り、「話は本人から聞いた」という。
この当時、宮崎監督は第一線で活躍し、アカデミー名誉賞などを受賞していた時期。そのため町関係者らは「このメールが宮崎監督にとって雑音になってほしくない」と封印。真偽不明のまま長い時間が過ぎた。
実は町内には宮崎監督の叔母が住んでいた。現在、その叔母は他界したが、子どもや孫は健在で今も町内在住。そして今回は40代の孫が取材に応じてくれた。
「疎開中の宮崎さんは夏休みになると丸々、市貝町で過ごしていたようです。ただ外遊びはせず、家で本や図鑑を読んでいるような子どもだったと祖母から聞きました」。そう言うと、叔母の葬儀に来た宮崎監督とのツーショット写真を見せてくれた。
幼少期、宮崎監督は同町大谷津地区で夏休みを過ごしたという。叔母の家の近くには林に囲まれた星宮神社があり、訪れてみるとトトロが住む森の神社に酷似。近くにため池も点在し、「周辺の里山に線路を敷けば、物語に描かれた田園風景とうり二つ」と入野町長。
大谷津地区は小貝川の上流部の集落で今も豊かな自然が残る。川に沿って広がる水田と丘陵にも見える雑木林の重なりが、令和となった今も昭和を感じる風景をつくり出している。
「となりのトトロ」は1950年代の埼玉・狭山丘陵が舞台とされるが、具体的な場所や建物が示されているわけではない。市貝町の自然が作品の原風景になっている可能性も捨て切れない。「トトロが住む市貝町」-。そんな夢が膨らむ光景がうっすらと見えた気がした。