戦前、不況に陥った農村救済などを目的に国策として行われた農業移民「満蒙開拓団」には、1932年から約13年間に全国から約27万人が参加し、そのうち本県から約4200人が満州(現中国東北部)に渡った。45年の終戦を境に国内で戦後開拓が始まり、満州からの引き揚げ者らが各地の開拓地に入植。県内では54年度までに約4200戸が入植した一方、厳しい環境下から約1200戸が土地を離れたとされる。