ふわり、風が薫った。熟した果実を思わせる甘酸っぱい香りだ。ブドウ畑に目をやると、斜面中腹で青いジャンパーを着た背の高い男性が棒と空き缶を手に、ぽつんと立っている。
「彼はいま、カラスを追い払う係の最中かな」
足利市の北、里山に位置する「ココ・ファーム・ワイナリー」と隣接する障害者支援施設「こころみ学園」。同ワイナリー顧問で、学園を運営する社会福祉法人「こころみる会」理事長でもある池上知恵子(いけがみちえこ)さん(75)が視線の先を認めて説明する。畑でぼんやりすることも、ここでは鳥害を防ぐ立派な“風に吹かれる仕事”。池上さんの父で同学園開設者、川田昇(かわだのぼる)さん(1920~2010年)の教えである。
■ただ在ること
都内の大学を卒業後、出版社で編集者をしていた池上さんが、故郷に戻ったのは1984年のことだ。園生保護者らの出資でワイナリーを作る計画が持ち上がり、「ならば醸造を学んで父を手伝おう」と東京農業大に2年間通った後、正式に就職した。
8年間務めていた出版社は、表参道の住宅・商業施設「原宿セントラルアパート」にも拠点があった。当時、気鋭のクリエーターたちが若者文化を発信していた場所だ。刺激的で文化的な生活から一変する帰郷にためらいはなかったのかと問うと、「うーん」としばらく考えた後、「私の中では今までの仕事の延長だったかな」と意外な答えが返ってきた。
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