自宅で作詞する売野さん

 新聞の号外のような太文字でタイトルを書いた「少女A」の原稿。ある日の早朝、中森明菜(なかもりあきな)さんのマネージャーがレコード会社にふらりと立ち寄り、この原稿を目にして衝撃を受けたそうです。「これが売れなくて何が売れるんだ」。関係各所に働きかけ、アルバム収録曲だった予定が、明菜さんの2枚目のシングル曲に急きょ変更されました。

 しかし、レコーディングでは思わぬ事態に。明菜さんが「歌いたくない」と拒んだのです。説得の末、1度だけとの約束で歌入れが行われました。後に聞いて知ったのですが、明菜さんは自分のことを調べ上げて書いた詞だと思い込んでいたそうです。「少女A」は1982年7月に発売され、オリコンチャートで最高5位、約40万枚のセールスを記録しました。