「少女A」のヒットで、作詞の仕事の依頼が押し寄せるだろうと期待していたのに、来るのはメディアの取材ばかりでした。各方面から注目された一方で、あまりにも衝撃的な歌詞だったため作詞を頼むには勇気がいったのかもしれません。
そんな状態が半年ほど続きましたが、CBS・ソニーのプロデューサーだった酒井政利(さかいまさとし)さんが作詞の依頼をしてくれたのをきっかけに、作曲家の筒美京平(つつみきょうへい)さんから声がかかりました。初めてお会いしたのは1983年2月。僕が32歳、筒美さんは43歳でしたが既に大御所でした。おしゃれで品があり、別世界の人という印象でした。食事に連れて行ってくれて、こう言われました。
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