皇位継承の重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」が14日夜、皇居・東御苑に特設された大嘗宮で、公的な皇室行事として営まれた。即位した天皇が五穀豊穣(ほうじょう)や国の安寧を祈る儀式。核心部分を含め大半は非公開で、15日未明まで続く。

 神道形式の大嘗祭への公費支出を巡っては、1990年に催された前回の平成時から、憲法の政教分離原則に反するとの批判が根強いが、政府は令和の今回も公的性格を認め、費用は皇室の公的活動費「宮廷費」を充てた。

 宮内庁は、首相ら三権の長や閣僚、全国の知事、各界の代表ら675人を招いた。皇嗣(こうし)秋篠宮ご夫妻ら皇族も参列。

 大嘗宮の儀は、14日夜の「悠紀殿供饌(ゆきでんきょうせん)の儀」と15日未明の「主基殿(すきでん)供饌の儀」がある。悠紀殿の儀は、祭服を着た天皇陛下が悠紀殿と呼ばれる社殿に入られ、始まった。

 内部の所作は非公開で、宮内庁によると、陛下が神座(しんざ)の前に飯や酒などを供え、御告文(おつげぶみ)を読み、自らも食べて豊作などを祈念。主基殿の儀は主基殿で同様に行われる。両殿では高根沢町産の「とちぎの星」と京都府で収穫されたコメをそれぞれ使用。皇后さまも別の社殿で装束姿で拝礼。

 大嘗祭は、天皇代替わりに伴う一世一度の祭祀として、7世紀後半に整備されたとされる。室町から江戸時代にかけ、戦乱などの影響で約220年間中断。天皇神格化を進めた明治期に大規模化した。

後世の県民に伝承

 福田富一(ふくだとみかず)知事の話 悠紀地方に選ばれた県の代表として、その場に身を置く者として、儀式を後世の県民にも伝えられるよう記憶にとどめてまいりたい。


【電子号外】陛下、令和の大嘗祭(11月14日)