いちご研究所で開催されたセミナー。生産者(左)を対象に、開発から栽培方法まで幅広い研究成果が紹介された=7日、栃木市大塚町

 「品種育成のスピードアップが可能になる」

 今月7日、栃木市大塚町の県農業試験場いちご研究所で開かれたセミナー。集まった県内の生産者たちに、研究員の1人はDNAマーカーについて説明した。

 苗のDNA配列を確認し、耐病性などを見極められる技術。品種開発を進めるハウスで、苗を育て始める前に“有望株”を選別できれば、より早く新品種にたどり着けるかもしれない。

 研究所では毎年、こうした最新の研究成果を生産者に報告し、方向性を共有している。地道な積み重ねが、栃木県の圧倒的な品種開発力につながっている。

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 「ポストあまおうもまた、あまおう」を貫く福岡県。高評価かつ高単価の主力品種1本で勝負を続ける。

 対して新品種を次々と投入する栃木県。大エース「とちおとめ」を上回るとも言われる「とちあいか」ですら、研究所の担当者は「通過点」と言い切る。

 栃木県の品種開発の方向はどうあるべきか。とちおとめの開発に携わった先達石原良行(いしはらよしゆき)さん(64)は言う。「食べる人、使う人の声に対応しない手はない」

 温暖化への適応も重要だ。今世紀末、栃木県の気候は今の九州に近づくと言われている。「南国のような気象になっても、世界一おいしいイチゴを作らないといけない」と県幹部は危機感をあらわにする。

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 「何もできず悔しかった」。県経営技術課の柴田和幸(しばたかずゆき)課長(55)は苦い思い出を振り返った。

 約20年前、とちおとめが海外に流出し、無断で栽培された。当時、専門の法律家は少なく、流出を証明する科学技術も乏しかった。

 知的財産をいかに守るか。福岡県では福岡S6号(商標があまおう)の育成者権が25年1月に切れ、国内では誰でも栽培できるようになる。ただ、商標権を取得して「あまおう」の名を県外で使えないようにしてブランドを守る。中国、韓国でも対策を講じた。

 無断譲渡・栽培を防ぐため、ネットにも目を光らせる。「あまおうの苗」などとうたう無断販売の疑いがあれば、苗を取り寄せ、DNA鑑定する徹底ぶりだ。

 国も対応策を講じた。海外での品種登録の支援事業を創設。種苗法の改正で、種苗の海外不正持ち出しも禁止できるようにした。

 栃木県は今、海外でとちあいかなどの品種登録の手続き中で、商標権取得も進めている。県幹部は「あらゆる手段を講じて流出させない」と意気込む。

 産地の命運を握ることにもなる独自品種。作り、育て、守るための挑戦は終わらない。