社会課題を集中的に取材し、長期にわたって読者に記事を届ける大型連載に、下野新聞は数人の記者でチームをつくり取り組んでいる。それぞれの記者はどのようにテーマと向き合ったのか。直近3作の大型企画取材班のメンバーが、読者に伝えたかった思いや報道を通して得たものを報告する。21日まで新聞週間。
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「不摂生な生活で病気になるのは自己責任だ」。交流サイト(SNS)上では今でもそんな意見が少なくない。しかし連載「なぜ君は病に…」の取材を通じて、そう言い切れるほど単純な問題ではないと強く考えるようになった。
2019年秋、宇都宮市に住む1人の男性当時=(50)=と出会った。男性は20~30代前半に勤めた企業で、深夜まで続く長時間労働に追われた。体調を崩して退職後は派遣社員として働いたが、リーマンショック後の不況も重なりたびたび解雇された。
不安定な暮らしを続けるうちに心臓の状態が悪化し、12年に緊急入院した。ゆっくり休める時間があれば、そこまで体調は悪化しなかったかもしれない。
男性は入院先の支援を受け、生活保護の利用につながった。「支えてくれなければ死んでいたかもしれない」と感謝する一方、「世間様に申し訳ない」と受給へのためらいも口にした。
入院するまで公的な制度を利用する考えは「全くなかった」という男性。SNSなどで広がる自己責任論が、支援を求める心理的なハードルを高めている。こうした現実に、主治医が発した「社会は自己責任論を乗り越えられるのか」という問いかけが重く響く。
「なぜ」という問いを大切にしながら、目の前の問題の背景に思いを来たし、構造的な課題を掘り起こす報道を心がけた。孤立や経済格差、過重労働といった社会的な背景で健康が大きく左右される現実を伝えたかった。記事を読んだ医学生からは「患者の社会的背景も含めて診られるようになりたい」という感想も寄せられた。
自己責任論を克服するための明快な処方箋を提示できたかどうかは分からない。ただ、読者が考えを深める出発点になったと信じている。
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「なぜ君は病に… 社会的処方 医師たちの挑戦」
連載期間は2019年11月26日~21年6月6日。健康に影響する社会的な要因に着目して必要な社会資源につなぐ「社会的処方」を、宇都宮市医師会が推進することを契機に始まった。孤立や貧困などで健康格差が生じている現状や、医療機関と地域の団体などが連携して病気の背景にある生活面からも患者を支えようとする取り組みを報じた。