東日本大震災から3月11日で10年を迎える。10年前のあのとき、私たちはどんな体験をし、何を感じたのか―。当時の下野新聞を読み返した。

 2011年3月12日未明、那須烏山市。闇に包まれた山あいでは夜通しの救助活動が続いた。畑で農作業中の夫婦が、土砂崩れに巻き込まれていた。

土砂崩れの中から搬出される行方不明者=2011年3月12日午前5時50分

 「1名発見」。叫び声が響いた。にわかに騒然となったが、数分後、安否を確認した消防職員は「救急車はいりません…」。妻、続いて夫の遺体が発見された。

 それぞれの眠れぬ一夜が自宅で、職場で、避難所で、明けた。地震と津波に襲われた東北地方の惨状が伝えられる一方、県内全域に及ぶ被害の状況も明らかになってきた。

崩壊した石塀で通行不能になった芳賀町内の道路=2011年3月12日午前8時5分

 13日付一面は県内の被害を死者3人、負傷者68人、住宅被害は2033軒(半壊、一部損壊を含む)と伝えた。被害はさらに増え、震災9年を迎えた2020年3月時点で死者4人、負傷者133人、住宅被害7万6432軒となっている。

⇒東日本大震災10年特集